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2021年11月13日土曜日

11/14の主日礼拝より、名簿による参加者の縛りが無くなり、どなたでも参加できるようになります。初めての方、久しぶりの方は予めメッセージや電話などで連絡をいただければ幸いです。
主日礼拝は8:00からと11:00からです。
添付画像は週報の裏に印刷されている「今月の聖句」です。
ブログに書くのが遅くなりましたが11/2は諸魂日でした。この為、11月は祖先の事を想う月間となっています。当教会と隣の柏アンデレ教会では11/3に北総墓地(手賀沼のほとりにあるラザロ霊園内)での合同での礼拝が行われました。


2021年8月15日日曜日

76回目の終戦記念日に寄せて

 今日は終戦記念日と主日礼拝が重なり、礼拝の中では、世界平和のための祈りが捧げられました。

真理と平和の源である全能の神よ、すべての人の心に平和を愛するまことの愛を燃やし、国々の交わりに携わる人々に、平和を造り出す知恵を与え、主の愛を知る知識をこの世界に満たして下さい。父と聖霊とともに世々に生き支配しておられるみ子イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン
礼拝の退堂聖歌は聖歌417番、Make Me A Channel Of Your Peace・フランシスコ平和の祈りでした。個人的に聖歌の中で一番好きな曲です。
世界の中ではまだ争いが絶えず、アフガニスタンではまたタリバンと体制派との争いが激しくなり、中央アジアでは民族対民族の争いも激しさを増しています。彼らは宗教は違いますが同じ人間です。すべての人間がお互いを認め、尊重しあう世の中が一日も早く訪れることを祈ります。
聖歌417番は大好きなスーザン・ボイルの歌でお送りします

2021年6月9日水曜日

6月の聖句

 

6月の聖句は
「種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない」(マルコによる福音書4章27節)です。聖書には麦を撒き、育ち、刈り取る話がよく出てきます。せっかく種を撒いたのに、毒麦に席巻されて肝心の麦が全く育たない話もあります。種は聖書の言葉に、大地は人の心にたとえられます。良い心に届いた神様の言葉はその人の心に大きな実を結ぶというたとえ方をしています。
今月の聖句では、神様の言葉がどのようにその人の心の中で身を結ぶかその人は知らないという話になっています。同じ言葉でもその時の状況や気持ちの持ち方でとらえられる印象は随分変わります。どのようにその人の中に根付いてゆくのかも、神様のお導きに任せてよいのだと思いました。
フェルディナンド 竹内亮二

2021年5月9日日曜日

5月の聖句と祈りのしおり

 5月の聖句は

すると、一同は聖霊に満たされた。(使徒言行録2・4)

です。

現在、復活日後50日の期間、この間に昇天日があり、最後の日が聖霊降臨日です。イエス様が天に帰る時に、弟子たちに精霊を降された話が書かれています。私達には精霊が降されているから、イエス様と共に生きていくことができるのです。



今年は5月13日(木)が昇天日となり、聖霊降臨日は5月23日です。この10日間の祈りを支えるために、日本聖公会では祈りのしおりを作成し、信徒に配布しています。毎日この冊子を見て、祈りを捧げることで、私達が聖霊によって刷新され、キリストにあって新たにされることを期待するというスティーブン・コットレル ヨーク大主教の言葉が書かれています。


COVID-19により、礼拝も制限され、不自由な毎日が続きますが、毎日の祈りを支えるものが与えられたことを大変嬉しく思います。

2021年2月6日土曜日

2月の聖句

 

2月の聖句は
「それから、霊はイエスを荒れ野に送り出した。」(マルコ1.12)
です。
今年は2月17日から大斎節が始まりますので、今月の聖句は大斎にちなんだものになっています。2020年は大斎始日礼拝の後、緊急事態宣言に伴い礼拝が休止となり、大斎節、復活節を教会で祈ることが出来ませんでした。
今年もイエスが荒野で試練の時を過ごしたことを覚えて、コロナ禍の今、留まること、退くことが求められ、サタンの巧みな誘惑と闘いながら、世界中の声なき声、叫びに耳を傾けつつ、神のみ旨が何であるかを黙想いたしましょう。

2021年1月6日水曜日

1月の聖句

 

1月の聖句は
「天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたは見ることになる。」(ヨハネ1:51)
です。この言葉は旧約聖書でイスラエル民族の礎となるイサクの次男ヤコブの話です。
年のはじめに、天が開かれ、天使たちが上り下りする姿を見て、天使に守られていることを信じて日々強く歩みましょう。
年明けから、新型コロナウイルスの感染蔓延が更に深刻になり、非常事態宣言とともに、横浜教区でも礼拝の休止が検討されています。

このような中でこそ天使たちに守られていることを信じて、迷わず歩んでゆきたいと思います。

2020年12月9日水曜日

12月の聖句

 12月の聖句は

「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」(ルカ1・38)

です。クリスマスのストーリーの中でもいちばん有名な天使ガブリエルによる受胎告知のシーンです。マリアが神の意志をありのままに受け入れ、受容したことにより、イエスは誕生し、クリスマスの物語が始まったのです。


2020年11月1日日曜日

11月の聖句

 11月の聖句は「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25・40)です。日本のことわざで言うと、「情けは人の為ならず」のような話ですね。誰にでも優しくできる人には神様も優しくしてくれるという話です。ちなみにこの福音書の続きは「この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである。こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかるのである。」と締められています。こちらは「因果応報」のようなものを感じます。




2020年10月4日日曜日

10月の聖句

 

10月の聖句は「わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まなければならない」(ルカ13・33)です。
最近になって、芸能人の自死が相次ぎ、普段は命のあり方など気にせずに暮らしている人も、命とは何かを考えさせられているのではないでしょうか。
しかし、自分が天使に守られていて、導かれていると思えば、迷うことも少しは減るのではないでしょうか。


2020年9月6日日曜日

9月の聖句

 9月の聖句は
「わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ」
(マタイ20:14)です。

聖書には時々このような経済的には理不尽なたとえ話が出てきます。放蕩息子のたとえ話(ルカ15:11)などもそうですね。需要と供給、労働と報酬との間の経済的原則を全く無視したたとえ話が登場します。
神様のみ心は、私たちの思いをはるかに超えた、慈しみの心であり、報酬ではなく「恵み」なのです。
そう考えると、あえて経済的原則を無視したたとえ話が出てくることにも納得ができるのです。

2020年4月30日木曜日

5月の聖句

5月の聖句は「しかし、最後まで耐え忍ぶものは救われる」(マタイ24:13)です。
ついに4月は一度も主日聖餐式が行えずに月が終わってしまいました。三密回避と自粛によって、人と人の直接の繋がりが失われる事によって、ややもすると心と心の繋がりも破壊され、憎しみと嫉みに心が支配されてしまいそうになります。しかし、悪魔に心を売ること無く、耐え忍び、愛することを忘れずにいれば、最後には必ず救われるのです。先の見えない不安の中で、負けそうになりますが、今こそ神を信じて耐え忍びましょう。

フェルディナンド 竹内亮二

2020年2月2日日曜日

2月の聖句

2月の聖句は
「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛する」(イザヤ43.4)
です。ちょっと分かりにくい表現なのですが、新共同訳では「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする」となります。どんな人でも神様はその人の生きている価値を認めて、貴く思って愛してくださっているというメッセージです。
上の司祭のメッセージにある「君は愛されるために生まれた」(本田路津子版)は下のリンクで聞くことができます。


2020年1月2日木曜日

1月の聖句

1月の聖句は
「主の恵みは朝ごとに新しい。主の真実(まこと)はそれほどに深い」(哀歌3・22,23)
です。
毎朝新しい主の恵みを受けて、それでも尽きることなく与えられる主の恵みの深さをおぼえて、新しい朝を迎えたいと思います。

フェルディナンド 竹内亮二

2019年9月29日日曜日

10月の聖句

10月の聖句は「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った(ルカ17:19)」です。
苦しい人にほど神さまは優しい救いの手を差し伸べてくださいます。そして、主はあなた自身の足で立ってあなたの人生を歩んでいきなさい。とやさしく背中を押してくださるのです。
画像に含まれている可能性があるもの:テキスト

やっと遅かった秋が訪れてきました。教会の入り口に白い彼岸花が咲いています。
画像に含まれている可能性があるもの:植物、木、屋外

そして、鐘の下には萩も可憐な花を咲かせていました。



今年はいつまでも暑かったですが、やっと教会の周りに秋の雰囲気が漂ってきました。

フェルディナンド竹内亮二

2019年9月1日日曜日

9月の聖句

今月の聖句は「種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばないのである」(マルコ4:27) です。収穫の秋、食欲の秋ですね。種まきと収穫は、作物だけでなく、人の心や人と人の関係にもあると言う話です。詳しくは画像の先生の話をお読みください。


フェルディナント 竹内亮二 

2019年8月4日日曜日

8月の聖句

8月の聖句は
「平和を造り出す人々は幸いである」(マタイ5・9)
です。
8月は平和宣教月間ですので、平和をテーマとした聖句となりました。
平和の反対語は戦争ではありません。幸いにして、先の大戦から74年間戦争になっていない日本も、必ずしも平和であるとは言えません。また、兵器産業などは存在しており、戦争に関わっていないということも出来ません。
そのような中、主イエス・キリストが「平和を造り出す人々は幸いである」と言い、アシジのフランシスが「主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください」と祈った事を思い、小さな日々の生活の中で思いと言葉と行いをもって平和を造り出す者として平和を造り出す者として、平和の道具として用いられますようにと祈りましょう。
フェルディナンド 竹内亮二

2019年7月7日日曜日

7月の聖句

7月の聖句は
受けるよりは与える方が幸いである(使徒言行録20・35)
です。
週報の裏に毎月の聖句とそれに向けた三原司祭のメッセージが書かれています。今月の聖句はとても有名な言葉ですが、その解釈が誰にでも分かるように書かれています。与えることにより相手が喜んでくれたことを喜ぶことで、幸せになれると書かれています。
人に何かを求めるのではなく、人に何かを与えられる生き方をしてゆきたいです。

2019年2月3日日曜日

今月の聖句(2月)

2月の聖句は
求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。
門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
(マタイ7.7)
です。