2021年6月9日水曜日

6月の聖句

 

6月の聖句は
「種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない」(マルコによる福音書4章27節)です。聖書には麦を撒き、育ち、刈り取る話がよく出てきます。せっかく種を撒いたのに、毒麦に席巻されて肝心の麦が全く育たない話もあります。種は聖書の言葉に、大地は人の心にたとえられます。良い心に届いた神様の言葉はその人の心に大きな実を結ぶというたとえ方をしています。
今月の聖句では、神様の言葉がどのようにその人の心の中で身を結ぶかその人は知らないという話になっています。同じ言葉でもその時の状況や気持ちの持ち方でとらえられる印象は随分変わります。どのようにその人の中に根付いてゆくのかも、神様のお導きに任せてよいのだと思いました。
フェルディナンド 竹内亮二

2021年5月9日日曜日

5月の聖句と祈りのしおり

 5月の聖句は

すると、一同は聖霊に満たされた。(使徒言行録2・4)

です。

現在、復活日後50日の期間、この間に昇天日があり、最後の日が聖霊降臨日です。イエス様が天に帰る時に、弟子たちに精霊を降された話が書かれています。私達には精霊が降されているから、イエス様と共に生きていくことができるのです。



今年は5月13日(木)が昇天日となり、聖霊降臨日は5月23日です。この10日間の祈りを支えるために、日本聖公会では祈りのしおりを作成し、信徒に配布しています。毎日この冊子を見て、祈りを捧げることで、私達が聖霊によって刷新され、キリストにあって新たにされることを期待するというスティーブン・コットレル ヨーク大主教の言葉が書かれています。


COVID-19により、礼拝も制限され、不自由な毎日が続きますが、毎日の祈りを支えるものが与えられたことを大変嬉しく思います。

2021年4月12日月曜日

4月の聖句

 イースターおめでとうございます。

4月の聖句は「すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われた(マタイによる福音書28章9節)です。
これはイエス様が復活を遂げられた朝の話です。イエス様は衆目が見守る中で復活されたのではなく、誰もいない墓の中で復活され、復活した後は空っぽになった墓で天使にイエス様の復活を継げられた婦人たちに、いつもと同じように「おはよう」と告げられたのです。
これは、婦人たちのみならず、すべての人にとって良い朝、大いなる朝、新しい朝の始まりでした。


2021年3月7日日曜日

3月の聖句

 3月の聖句は

「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである、だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」(ヨハネによる福音書 12・24)

です。この言葉は、多くの人にはアンドレ・ジットの小説のタイトルで有名でしょう。

イエスの言葉の意味はご自身の受難と死を覚悟してのお言葉でした。実を結ぶというのは復活を示しています。キリストは死と復活によって多くが命を生まれたのです。




2021年2月6日土曜日

2月の聖句

 

2月の聖句は
「それから、霊はイエスを荒れ野に送り出した。」(マルコ1.12)
です。
今年は2月17日から大斎節が始まりますので、今月の聖句は大斎にちなんだものになっています。2020年は大斎始日礼拝の後、緊急事態宣言に伴い礼拝が休止となり、大斎節、復活節を教会で祈ることが出来ませんでした。
今年もイエスが荒野で試練の時を過ごしたことを覚えて、コロナ禍の今、留まること、退くことが求められ、サタンの巧みな誘惑と闘いながら、世界中の声なき声、叫びに耳を傾けつつ、神のみ旨が何であるかを黙想いたしましょう。

2021年1月31日日曜日

2021年 聖語

2021年の聖語は
「御言葉を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを続けなさい」Ⅱテモテ4:2(聖書協会共同訳)
です。

 わたしたちの教会はコロナ禍の試練の中にあっても、変わらない福音の喜びを宣べ伝え続けてゆく共同体として、礼拝を中心に、昨年実施できなかった諸活動を皆で共に参加して取り組んでいきます。
コロナウィルス感染拡大に伴う非常事態宣言発出に伴い、毎週の聖餐式は再び非公開となっていますが、インターネットや配布物を活用して、信徒と教会との間の距離が離れないように配慮しています。

礼拝休止という事態は、「感染拡大を防ぐための惜しみない犠牲」であり、教会は社会と供に、社会の中で、人々をサポートするために、司祭も信徒もいつも以上に御言葉を自分自身とその人生に問いかけるものとして、聞くことが出来ているのではないかと思うのです。(2021年教会員総会挨拶より引用)

フェルディナンド 竹内亮二

2021年1月6日水曜日

1月の聖句

 

1月の聖句は
「天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたは見ることになる。」(ヨハネ1:51)
です。この言葉は旧約聖書でイスラエル民族の礎となるイサクの次男ヤコブの話です。
年のはじめに、天が開かれ、天使たちが上り下りする姿を見て、天使に守られていることを信じて日々強く歩みましょう。
年明けから、新型コロナウイルスの感染蔓延が更に深刻になり、非常事態宣言とともに、横浜教区でも礼拝の休止が検討されています。

このような中でこそ天使たちに守られていることを信じて、迷わず歩んでゆきたいと思います。