2012年5月20日日曜日

主人となり、客人となること

松戸聖パウロ教会に派遣されて、あっという間に一年が過ぎてしまいました。4月1日に赴任した時、数名の信徒さんが来て下さり、「ようこそいらっしゃいました」とのご挨拶を頂戴しました。この挨拶は通常主人が客人を迎える時のものだと思います。当初は右も左もわからず、すべてのことを色々な信徒さんにお伺いしていましたから、まさに客人としての域を脱していなかったのかも知れません。でも、そのうちに日曜日に信徒さんをお迎えするに当たって、わたしの方から「ようこそ」とお声をかける自分に気づきました。無意識のうちに主人としての口のきき方になっていきました。
お弟子さんたちの、ご復活されたイエス様との出会いの中に「エマオへの道」のお話があります。二人のお弟子さんがエルサレムからエマオという村に帰る途中、復活されたイエス様が同行された物語です。初めは、彼らはそれらがイエス様をお誘いして「一緒にお泊りください」と声をかけ、イエス様はその申し出をお受けになります。しかし、食事の場面になると、不思議なことにイエス様がご自身のパンを裂いて主人であるはずの二人にお渡しになります。いつの間にか主人と客人の立場が逆転していることに気づかされます。
このことは、わたしたちの教会の中でも起こり得ることではないかと思うのです。牧師と信徒の間のみならず、信徒同士の関係でも、ある時は主人になり、ある時は客人になる、こういう関係が安心できる共同体のあり方でもあるのかな、と感じる昨今です。今後ともよろしくお願い申し上げます。
司祭:ジェローム村上守旦

イースターおめでとうございます "Happy Easter!"

ホームページのアップデートがタイムリーに出来ずに申し訳ありません。少し古い文章になってしまいますが、教会だより「YADO」イースター記念号に投稿された文章を転載します。

顕現説に、礼拝奉仕者を決める係から復活日のアッシャーを拝命した私は、大斎説第5主日「み言葉の礼拝」で真栄田伝道師による「悪魔の誘惑に負けずに聖週を過ごしましょう」という奨励に促されて、聖週全日の礼拝を守ることができた。感謝の極みである。
この間、復活日に受洗される中村裕子姉の名親を武田姉と共に仰せつかった私は、村上司祭と三人で中村姉の教名をセシリアとすることを確認した。
ローマ教会の殉教者(?~230年)であったセシリア(カエキリア)は夫とその弟を回心させた聖女であり、彼女の殉教以前にこの二人も殉教したと伝えられている。セシリアは武田姉の教名でもあり、教会音楽の保護聖人として崇敬されていた由。音楽をこよなく愛し、武田姉にピアノを習っている中村姉にまさに相応しい教名といえよう。
今日の復活日には、第一聖餐式(8時)の7名を加えると、子供11名、非信徒9名を含む97名の老若男女が集い、中村姉とご主人を中心に、心に残る”Happy Easter!”を過ごすことができた。
愛餐式では食事当番が用意して下さった心のこもった美味しいお弁当、サラダ、ケーキや、差し入れのゼリーに舌鼓を打ち、ビールや有志差し入れのコニャック、ワイン、「伊佐美」他の焼酎を味わいながら(因みに呑兵衛さんたちはウッドデッキで満開の桜を肴にお花見!)、感謝のうちに和やかな主にある交わりのひとときを過ごした。
藤谷姉のオルガン伴奏で、中村姉の大好きな賛美歌496番(うるわしのしらゆり)、聖歌482番(いつくしみふかきともなるイエスは)、498番(主われをあいす)の大合唱で大いに盛り上がった愛餐会は、村上司祭のお祈りで3時前にナカジメとなったが、「クリスマス・チャリティ・コンサート」に出演して下さった竹内恵理姉もかけつけてくれて、最後は中村姉の希望でアニーローリーのピアノ演奏でお開きになった。主に感謝!!
テモテ甲藤善彦